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内向的な性格は本当によくないのか?

2021-01-13T21:39:03+09:00

今の社会においては、たいてい外向的な性格が好まれます。立派になるためには大胆で、幸せになるためには社交的でなければならないと考えられています。それは学校、職場でも同じですね。 積極的で外向的な人材を養成しようとしています。 教室の風景を一度思い浮かべてみましょう。最近の子供達は、4人〜7人が一つの机に座って顔を合わせ、数多くの課題をやらなければなりません。一方で、一人で勉強するのが好きな子は問題児であると考えられています。 職場で静かな人も内向型な性格である自分自身を責め、外向的に変わらなければならないという強迫観念に悩まされることもあります。心理学の研究結果によると、2人~3人のうちに一人は内向的な性格のようです。私たちは外向性を強調するということの前に 、静かな人々の声に耳を傾けてみたらどうでしょうか。 数多くの研究結果と事例を通じて、私たちは内向的な人たちが世界でどれほど大きな力を発揮するのか知ることができます。外向性と内向性に対する偏見は捨てて、一人一人の性格を認めながら、能力が最も発揮できるよう、細心な心遣いや配慮 が必要な時です。 現代の社会が、外向性に注目するようになった理由 20世紀のはじめ、産業革命が開始され、西欧社会は農業社会から大規模な商業社会へと変化しました。その過程で田舎から都会に人たちが押し寄せ、急激な都市化が形成されました。そして小さな村で些細な親交を深めていた人々の生活パターンも変わり始めました。 見知らぬ都市の異邦人とぶつかり、自分を証明しなければならなかったこと。その時から積極的な態度は成功の近道になり、人間の外向性は必須要素になりました。自分がどのように行動するかを悩んでいた時代から他人にどう見えるかを悩む時代へ価値観が変化したのです。 個人の特性を考慮しないブレーンストーミングの限界 企業や組織ではグループのメンバーらが集団でアイデアを絞り出す、いわゆるブレーンストーミングが非常に効果的な会議方式として使われています。 ところが1963年ミネソタ大学心理学科のマービン・ドネッ教授の実験結果、ブレーンストーミングを実施した24グループのうち、23グループの人たちが集団でアイデアを出した時より一人でいる時にもっと多くのアイデアを作り出し、アイデアの質もはるかに優れたことが明らかになりました。 その後、40年間の研究結果も同じ結論で驚かされました。集団の規模が大きくなるほどブレーンストーミングの成果は悪かったこと。内向的な人たちに考える余裕を与えないブレーンストーミングはむしろ効率を落とすことです。 人類歴史の発展に貢献した内向的な人たち ガンジー、アインシュタイン、ショパン、ゴッホ、スティーブン・スピルバーグ、スティーブ・ウォズニアック…。この人たちの共通点は、みんな内向的だというのです。 アップル共同創業者でパーソナルコンピューター時代を開いたスティーブ・ウォズニアックは最初のPCを作る時までいつも一人でした。その他にもビル・ゲイツ、エイブラハム・リンカーン、マイケル・ジョーダン、トーマス・エジソンなども内気な性格で有名でした。 「成功する企業の8つの習慣」で有名な著者ジム・コリンズは、最高の成果を収めた企業CEOを対象に調査した結果、ほとんどが静かで恥ずかしがり屋で 、自分を誇示せず、節制する性格をもっていると言いました。 内向性と外向性の共存方法–自分内面の省察が重要 精神分析学者カールユングによると、内向的な人は「考えや感想」という内面の世界に惹かれて、外向的な人は「人と活動」という外部世界に惹かれると言います。つまり、内向的な人は本を見たり一人で過ごしてエネルギーを充電しますが、外向的な人は他人と合う時に充電されるのです。 内向性と外向性が共生するためには、各自の才能を最大限発揮するように適当な刺激を与えることが重要です。生まれつきの長所と気質によって自由に交流できる環境を造成する一方、静かに一人で集中しながら得る個人空間も造成することです。 すでにグーグルやマイクロソフト、ピクサーのように創意力を重視する会社では個人作業空間や楽な会議室などの、作業に邪魔されない環境を作るのに細心の配慮をしています。個人の沈黙と瞑想、孤独は、企業全体の商品開発や生産効率性に影響を与えるため、自分の内面に集中し、省察する時間を設けることが重要です。 参考文献 内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力 : スーザン・ケイン ブログホーム

内向的な性格は本当によくないのか?2021-01-13T21:39:03+09:00

心を捨てる。思い込みと習慣を変える。 驚くべき「引き算の瞑想」の効果

2020-12-11T17:34:35+09:00

心を捨てる。思い込みと習慣を変える。 驚くべき「引き算の瞑想」の効果 P・Jさん/歯科医師 40歳になった時、私の心と体は満身創痍の状態だった。 特に病気を抱えていたわけではないが、常に疲労感とあせりを抱え、無気力のまま日々をどうにかやり過ごしているといった感じだった。 朝になると「また一日が始まるのか…」。ため息と共に過ごす一日一日が本当に苦痛だった。作り笑顔をし、親切な態度をよそおう一方で、私の心はどんどんすり減っていることに気付かなかった。変化の光が訪れたのは、崖っぷちにまで追い込まれていたその頃だった。 築き上げたものを守ろうとする欲望と執着 「疲れているみたいね」 帰宅すると毎日のように妻から言われた言葉だ。 病院では緊張の連続。それは、これまで築き上げてきたものを守ろうとする必死さからだった。 人から褒められることには慣れていたが、批判されることには到底耐えられない。私はそんな状態だった。特に歯科治療は人の体を扱うものである分、いつも断崖絶壁に立たされているような気分だった。患者が治療に満足してくれるか、治療は上手くいったかに気をもみ、心配が尽きなかった。どのような治療も完璧にしなければならないという考えは、ある面では責任感の表れとも言えるが、その根っこには誰からも嫌われたくないという思いが隠されていた。 私は爆発寸前の時限爆弾だった。退勤時刻には疲れ果てて、酒で気を紛らわせる時以外は帰宅すると寝室に直行した。 日曜夕方になると急に頭が痛くなる“月曜病”にも悩まされた。病院で一日じゅう患者と話をしていると家では会話自体がめんどうになった。子供たちに見せる私の姿は、イライラしているか腹を立てているか、そうでなければTVを見ているか寝ているか…それがすべてだった。 たまに出かける外食や旅行も家族に対する義務的なものに過ぎなかった。そうするうちに私は家族の中で疎外感を強く覚えるようになっていった。私がいるとみなどこかぎこちなく、緊張しているように感じられ、私が自室にいる時にはリビングから明るい笑い声が聞こえたり、寝ている間に妻と子供たちだけで外食に出かけていたり…。妻や子供たちとの壁はどんどん分厚いものになっていった。 家族を“管理すべき所有物”としか考えていなかった自分 私との対話を試みてきた妻も、怒ってばかりの私の姿に愛想を尽かしたようだった。やがて私は自殺衝動に駆られるようになった。すでに心の状態が限界に来ているサインだった。 ある冬の日、家族と共に海へ出かけると、海の中へ身投げしたい強い思いに駆られた。高い場所へ上ると飛び降りたい気持ちになった。「私が死んだら家族はどうなるだろうか。両親はショックを受けるだろうな」などと思い悩んだあの頃は本当につらい時期だった。疎外感が頂点に達した頃、私は「心を引き算する瞑想」と出会った。 半信半疑ではあったが、夏の休暇を利用して瞑想に取り組んだ。そうすると一週間、夜に本当に心地よく熟睡できた。あれほどまでに安らかな気持ちで眠ったのはいつ以来だろうか。心を引き算する瞑想に取り組んでまず最初に気付いたこと。それは、「自分はなんて自己中心的なんだろう」ということだった。 職場でも家庭でも自分だけのために生きてきた。誰かのために生きたことなど一度もなかったことに気付いた時には、穴があったら入りたい心境になった。お金、名誉、家族…あれほどつらい日々を送ることになったのは、自分が手にしたものを最後まで手放すまいとする執着と欲望のせいだった。 経済的に苦しい家庭に育った私にとって家は休む場所として、職場は単にお金を稼ぐ場所としてしか考えていなかったことにも気が付いた。家庭は“家族と共に過ごす場所”ではなく、“自分が管理すべき所有物”としか思っていなかった。職場における完璧主義の習慣も自己満足と自尊心を満たすための行為だった。 思い込みと習慣を手放せたことが最も大きな変化 今この瞬間に最善を尽くし、結果を気にすることがなくなった。病院を訪れる人々にも感謝の気持ちを持てるようになった。より患者のことを大切に思えるようになり、自分が治療してやるんだという態度ではなく、治療に必要な情報を共有しケアするという態度で接するほどに親密な関係を築けるようになった。互いを思いやり支えあう一つの存在だとわかると、ストレスを感じたり緊張したりする理由がなくなった。 以前は結果にいつも不満ばかりが残ったが、今はどんな状況になってもまず感謝の心を持てるようになった。そうなると、以前ではストレスになるようなことが、自分を成長させてくれる贈り物になった。 朝起きると私はイスに腰掛け、こう祈る。 「今日も自分のための一日ではなく、他の人々のための道具となれるような一日を送らせてください」。 妻も「心を引き算する瞑想」をするようになり、夫婦関係も兄妹のような気楽なものに変わった。 以前の私は子供を、親の意のままにしてもいい存在としか考えていなかったが、親に縛られることを心底嫌っていた自分自身がまったく同じことをわが子にしていることに気付き、瞑想を通してそうした自分を徹底的に捨て去った。そうして自分の思い込みや習慣を手放せるようになったことが最も大きな変化だ。 また、以前は自分の乏しい知識と経験から人の行動に対して一方的な見方をしたり、そうして人を傷つけたりすることがあったが、瞑想を通して自分や周囲をふり返ってみると、私がいる時に家族が静かだったのも、私を置いて外食に出かけたことも、すべては私に休める時間を与えようとの家族の配慮であり愛であったことに気が付いた。すべては私一人、自己中心的な立場から疎外感を感じ、傷つき、苦しんでいただけだったのである。 自らの思い込みを手放してそこから自由でいられたら、苦しむ理由も相手を傷つける必要もないのだ。 体験談ホーム

心を捨てる。思い込みと習慣を変える。 驚くべき「引き算の瞑想」の効果2020-12-11T17:34:35+09:00

心の毒やストレス、自分の体の脅威となる毒を抜く

2020-11-17T19:04:07+09:00

有名大学の学生や大企業の経営者も、ストレスや鬱(うつ)病で自殺したり突然死したりするニュースを頻繁に耳にします。サラリーマンはストレスで鬱(うつ)病を持っている場合が多いようです。 このような事情から、心理学関連や心理ケアセンターなどが流行っています。鬱(うつ)は心が問題だということが話題になっています。 健康についての認識も変化しました。心の安定感が体の健康に密接に関連しているという医学的見解があり、食べ物や運動だけではなく、瞑想などで心を変化させることで病気を治療している人が増えています。 ストレスに関するウサギの実験があります。 5週間、ストレスを与えたウサギは、目玉が飛び出し、血液内のコレステロール値が増加しましたが、一方で、愛情を与えたウサギは、血液が比較的、きれいになったことがわかりました。 心にたまったストレスが健康状態を決める要因になっていることがわかります。 車を運転中に無意識に悪口が出る時や理由もなくイライラして神経質になる時には見逃さずに、ストレスの要因を点検してみましょう。 そして、体の毒を抜くのと同じように、心の内面をちゃんと見てきれいにしましょう。 自分が知らない内に入っている心の毒を発見するだけでも、半分くらいは解毒作用の効果があります。 ストレスを受ける時の私たちの体はアドレナリンとノルアドレナリンが分泌されます。 血圧が上がり心拍数がはやくなり、血管の内壁が損傷し、脂肪がたくさん分泌され、血液中の脂肪とコレステロール値が高くなります。 さらに心が不安になる時は、多量の飲酒や喫煙など、他の危険要因も増えます。 否定的な感情は脳にも影響がありますが、特に怒るときは100個くらいの脳の細胞が死滅するため、小さなことですぐ怒るような人は、この事実を必ず覚えておく必要があります。 さらに心が不安になる時は、多量の飲酒や喫煙など、他の危険要因も増えます。 否定的な感情は脳にも影響がありますが、特に怒るときは100個くらいの脳の細胞が死滅するため、小さなことですぐ怒るような人は、この事実を必ず覚えておく必要があります。 怒りは人を殺す エルマーゲイツ博士は人間が吐き出す息を液体化する実験をしました。その結果、様々な色の沈殿物があらわれました。 特に怒る時に作られる茶色の沈殿物には、人を死に至らしめる致命的な毒が含まれていることを明らかにしました。 この物質を実験用のネズミに注射すると数分以内に死んでしまいました。 1時間くらい怒った場合には、80人くらい殺せるような毒が排出されるようです。『悪意を隠して話す』という言葉がありますが、怒りを持ちながら他の人達に攻撃的に接する人は、自分だけでなく、周りの人達にもダメージを与えていることになります。 怒りを感じるときはこうしましょう 『怒りが殺す』という本の作者、レドフォードウィリアムズ教授が解決した怒りをコントロールする方法を紹介しています。 1、これが私にとって大事なことなのだろうか、些細なことなら、ただ流せば良い 2、私の考えと怒りは適切なのだろうか、私の反応は理性的で正しいのだろうかを考えてみる 3、今の状況は変えられることなのだろうか、渋滞の場合は変えられない状況だから受け入れるしかない 4、行動するほど価値があることなのだろうか、価値があるなら暴力ではなく会話で相手を説得すれば良い ブログホーム

心の毒やストレス、自分の体の脅威となる毒を抜く2020-11-17T19:04:07+09:00

お金で幸せな人生を生きられるか、 お金を稼ぐために労力を使いすぎて死んでしまうか

2020-11-10T20:12:09+09:00

「お金より人生の方が重要だ」と誰もが思ってはいるものの、実際、私たちはお金を稼ぐために、その大切な人生の半分以上を犠牲にしています。勉強して、結婚して、子供を育てて、豊かな老後を過ごすために…。 人間はお金に憧れ、お金のために様々なことを犠牲にすることはありますが、実際、お金に対して真剣に考えてみることはありません。 お金を稼いで投資をした結果、借金で苦しむことになっても、お金さえあれば解決できる・・・と依然として漠然な期待を持っています。 いま、お財布の中に入ってるお金を出して見てみましょう。 お金はその国で通用する手段であるだけで、その価値は常に変わります。 お金で真の友情や愛は得られるのだろうか、お金のせいで心配事が増えているのではないか・・・などと考えてみると、私たちが求める幸せは、お金では得られないということがわかります。 果たして、私にとってお金とは何なのか、お金のために何を諦めてきたのか、お金に対する恐怖や欲望などをしっかり考えてみる必要があります。 お金に対する否定的な記憶 子供の時に植えついたお金に対する観念によって行動パターンが決まります。 成長期にお金に対する難しさを経験した戦後世代の人たちは、経済的に安定している世代の人たちより「お金こそが人生で重要な目標だ」と考える比率が高いのです。 お金がなくてやりたいことが出来ず、友達の中にもとけ込めなかった経験のせいで、お金が人生における保護者であり成功の目安だと思うようになりました。 高い年給が成功を判断する基準 長い間、職業こそが自分自身を評価するものになってきました。 自分を良く評価するために職位や年俸を大げさに話すのも、それこそが自分の価値が高くなると思っているからです。 相手の職場や職位、住む家、車のことがまず気になるなら、お金で人の価値を評価している証拠です。 お金は人より多い方がいい 現在の自分の状況を考えずに、もっと多く、もっと良く、人よりもっと・・・ばかりを考え続けていると、現在(いま)に感謝する心は生まれません。 お金をたくさん稼いでいても、さらに、人よりもっと稼ぎたいと思うからです。 常に、人よりたくさん、特別なものが欲しいと思ってばかりいると幸せは遠ざかります。 お金で精神的な安定を得ようとする考え 気分が落ち込む時や寂しい時、洋服を買ったりお酒を飲んだりすることで精神的な安定を得る場合があります。 このような時に感じる、ひとときの喜びや安心を無意識のうちに覚えていると、過度な消費につながることになります。 気分転換のための消費活動で精神的な安定がどれほど維持できたのか、むしろ、要らないものや借金が増えてはいないかを考えてみるべきです。 私はお金に対してどんな考えを持っているのでしょうか。 まずはお金に対する全ての考えから離れて、お金に対する新たな見方をしてみます。 そうすることで、お金に縛られることなく、上手に使いこなせるようになります。 参考文献 「お金か、それとも人生か」 ジョー・ドミンゲス/ヴィッキー・ ロビン ブログホーム

お金で幸せな人生を生きられるか、 お金を稼ぐために労力を使いすぎて死んでしまうか2020-11-10T20:12:09+09:00

心が幸福なら、笑顔は自然にこぼれる

2020-10-28T17:37:59+09:00

I・Oさん/教員 「先生はなぜ作り笑いをしてるの?」 廊下で他の先生と挨拶をする私を見て教え子が言った言葉だ。 「挨拶は明るくするもんでしょ!」と答えはしたが、頭を殴られたような衝撃に、内面の動揺は隠せなかった。 子供たちの前で恥ずかしかった。 そして何事もなかったかのようにその場をやりすごそうとした自分が何ともかっこ悪く、情けなかった。 小学校の教師になって10年。子供たちのために私は必死でがんばってきたつもりだったが、そんな私に返ってきたのは、「先生の笑顔はニセモノだ」という言葉だった。 農村に暮らす小学5年の純粋な子供の目に私の仮面は見破られ、私の心は打ち砕かれた。 子供たちを変えようとする努力と現実 私は本当に“良い先生”になりたかった。 その夢を実現するために私はいつも忙しく、あわただしかった。夏休みや冬休みには、研修やセミナーの予定で私のスケジュール手帳はいっぱいになった。 専門家やその道のプロのもとを訪ね歩き、絵や音楽、キルト織物、裁縫、染物を学んだりもした。 子供たちの、瞬く間に消え去ってしまうイキイキとした声や笑顔を記録しようとビデオ撮影のセミナーにも通った。 学んだことをそのまま授業に活かそうとしたのである。みんなで音楽を演奏し、美術作品を作り、染物で巾着を作り…。そんな活動の数々を文集にまとめ、写真と映像はDVDやCDにして子供たちに配布したりした。 そんな努力をするほど、私の中には様々な課題が繰り返し提示されてくるのだった。 「知識を机の上でだけでなく、人生で活かせるようにするにはどうすればいいか?」 「自ら行動する自発性をはぐくむ方法はないだろうか?」 「『嫌だ』『できない』といったネガティブな思いをポジティブな気持ちに変えることはできないだろうか?」 一筋縄にはいかない現実に直面しながら、何が問題なのか、どう解決するべきかといった疑問に苦しんだ。 私が「心を引き算する瞑想法」に出会ったのはそんな、 答えを求めてさまよい続け途方にくれていた頃だった。 心から笑うってどういうこと? 私はなぜ仮面をかぶって行動するようになったのだろう? 私はいつも自分に対して「自分は善良で、前向きで、仕事に全力を尽くす情熱的な人間だ」という虚像を持っていた。それは現実の自分ではない理想の自分でしかないのだが、私は理想を現実だと錯覚していたのである。 現実の自分を受け入れることができず、自分が作り上げた理想の自分だけを周囲に見せようとばかりして疲れ果てるしかなかったのだ。 当時の私の口癖は「もう死にそう」だった。 「忙しくて死にそう」「疲れて死にそう」「眠くて死にそう」…そう口にしながらため息をつく私に母は忠告を繰り返したが、口癖が収まることはなかった。 そうして心は死んでいった。生きることが本当に苦しくて自殺も考えるほどだった。 自ら作り上げた“自分”という虚像を守るための壮絶な自己犠牲。 自分の心を誰にも開くことができず、積み上げた心の壁。 変化や発展という名目の下でひたすら前にばかり進もうとする自分。 自分一人の完璧な城に閉じこもり、四方を壁でおおって誰とも心を通わせることができなかった自分。 もうすべてを投げ出したかった。 そんな時に出会ったのが、職務研修で取り組んだ「心を引き算する瞑想」だった。 瞑想を通して私は、コンプレックスを覆い隠すために分厚いヨロイを着込んできた自分自身と向き合うことができた。 生きてきた人生は、とりもなおさず自分一人の心の世界だった。 その世界を通して考え、判断し、行動してきた私はいつも自分だけが正しく、そのため他者を受け入れることができず、人を押しのけるしかなかった。 その一方で、そうする自分自身が嫌いだった。 ふり返ってみると、私の心には“憎しみ”が多かった。 幼少の頃から男の子のようにヤンチャだった私には、赤いワンピースも黄色い靴も似合わないファッションだった。 かつて一度、リボンの付いた花柄の赤いワンピースを母がプレゼントしてくれたことがあった。 着てみると我ながらじつに似合わなかった。 すぐさま妹にあげたワンピース。妹にはピッタリだった。 そうして一つひとつ心に刻み付けてきた感情の数々…。 体が大きくなるにつれて私の心の中の“嫌いな自分”も大きくなっていった。それを隠すために目の前のことに懸命に努力してきたが、“嫌いな自分”から自由になることはできなかった。 自分の心の中に“嫌いな自分”という虚像を抱えている限り、そこから自由にはなれないということを、そしてそんな自分を手放した時にそうした心がなくなることを瞑想を通して私は悟ったのだった。 嫌いな自分を投げ捨てる 夢見ていた“良い先生”についても同様だった。私は良い先生になりたかったが、良い先生には決してなりようがなかった。 私の心の中に憎しみが一つでもあったら、それは子供たちを憎むことになり、心の中に苛立ちの種があれば、それは子供たちにばら撒かれることになる。そんなことに無知だった私は、外に出しさえしなければやり過ごせるものと思っていた。ひたすら耐えれば何とかなると考えていたのだ。 また「私は一生懸命にやっている」という考えは、「他の教員たちはそうではない」という思いを持つことにつながった。そうして他者に対して不信の壁を作りながら、私はハリネズミのように誰も寄せつけようとしなかった。だから寂しかった。一人だった。 それでも、それが自分の道だと言い聞かせながら私は一人だけの心の世界を強固に作り上げていったのだった。 けれども今ならわかる。心がすなわち実際であるということを。どのような心を持つかによって心はそうなるし、結果もそうなるということを。 畑に大豆をまけば大豆ができ、アズキをまけばアズキができるように、ネガティブな心を持てばネガティブな結果が生まれ、ポジティブな心を持てばポジティブな結果が生まれるのは当然なのに、瞑想と出会う以前の私はあまりにネガティブだった。 疲れた心、ダメだと思う心、比べる心、後悔する心、憎む心、不信の心、そんな否定的な心では自分ひとりが生きていくことさえ大変なのに、子供たちに良い変化をもたらすことなどできるはずもない。 間違った生き方をしてきた自分の人生を瞑想を通して手放しながら、どれほど泣いたかわからない。 その涙は後悔と反省の涙ではなく、偽りの自分から自由になれたことへの感謝の涙だった。 本当の人生を歩むことができる喜びの涙であり、これからは子供たちを手助けできるという希望に対する感動の涙だった。 心を引き算する瞑想は、自分が人生で作り上げてきた自分だけの心の世界をきれいさっぱり痛快に解体してくれた。 私は暗くて孤独なつらい心の世界から抜け出てこの世の中と一つになって、人々と見つめあい、語りあい、笑いあえるようになった。 昔は幸せそうなふりをするのに大変だったが、今はもう無理してそうしなくてもよくなった。 心が幸福なら笑顔は自然にこぼれるものなのだ。本当の笑顔が。 体験談ホーム [...]

心が幸福なら、笑顔は自然にこぼれる2020-10-28T17:37:59+09:00

健康・長寿・老化のキー テロメア、瞑想でテロメアを守りましょう

2020-10-23T18:48:24+09:00

健康・長寿・老化のキー テロメア、瞑想でテロメアを守りましょう。 テロメアを通して生物学的年齢や健康寿命を知ることができます。 人間を構成する最も小さい単位は細胞で、このような小さな細胞が集まって人間が作られます。 人間という個体を維持し、回復し、成長するために、一つの細胞が二つになり、二つが四つになる「分裂」という方式で自分と同じような細胞を作り出します。 これを「細胞分裂」と言います。 細胞の染色体の両端にテロメアという部分がありますが、テロメアは染色体を保護するための保護キャップのようなものです。 例えば、靴紐の両端にあるプラスチックキャップのようなものです。 靴紐を使えば使うほど、端の保護キャップも磨り減っていくように、テロメアも細胞分裂しながらどんどん短くなっていきます。 細胞が分裂するほど、どんどんすり減って短くなり、一定の長さ以下に短くなると、細胞は分裂できずに老化して死に至ります。 このように人間の細胞は、限りある回数だけ分裂した後、細胞寿命の限界になります。 それでテロメアの長さを測定することで人間の細胞の年齢、すなわち身体の年齢を測定することができます。 人の年齢が中年くらいになると実際の年齢より若く見える人もいるし、あるいは自分の歳より老けて見える人がいますが、それはテロメアの長さと関連があります。 なぜ人によって老化の程度は違うのでしょうか。 このような老化の秘密を持っているテロメアは エリザベス・H・ブラックバーン (カリフォルニア医大)、キャロル・W・グライダー (ジョンズ・ホプキンス医大)、 ジャック・W・ショスタク (ハーバード医大)、3人の科学者によって発見されました。 この発見は人間の老化を遅延させて寿命を延長することができるという画期的な出来事でした。そしてこの研究は2009年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。 研究チームによってテロメアの長さを伸ばすテロメラーゼという酵素があることも明らかになりました。 テロメラーゼは細胞分裂の時に消えてしまうDNAを復元する役割をします。テロメアはテロメラーゼを通じて再生されるということです。 もしテロメアの長さを現在のまま維持したり、またはもっと長くすることができれば、老化を遅らせることができるということです。 しかし、ブラックバーン博士は、残念ながらテロメラーゼの研究はまだ「両刃の剣」のようだと言っています。 因果的にテロメラーゼを活性化させると癌細胞まで活性化する恐れがあるので、まだたくさんの研究が必要だそうです。 そして、ブラックバーン博士とある心理学者との偶然の出会いから、研究は新しい局面に入りました。ブラックバーン博士の研究室を訪れたエリッサ・エペルという心理学者は、慢性的なストレスを持っている人たちのテロメアについて興味がありました。エリッサの質問に好奇心がわいたブラックバーン博士は、早速エリッサと一緒に研究を始めました。 20~50歳の女性のうち、子育てをしている62人を選定して、その中で子供が健康なグループと子供が慢性的な疾患を持っているグループに分けて、数年間お母さんたちのストレスレベルとテロメアの長さ、テロメラーゼの活性、そして酸化ストレスなどを分析して細胞の老化速度を研究しました。 その結果、2つのグループ全て、ストレスが大きければ大きいほど 、細胞の老化速度とテロメアの短縮速度が速くなり、ストレスをたくさん受けたお母さんたちのテロメアは9~17年くらいより歳をとったように短くなっていました。 つまり、激しいストレスが長期間にわたって続くと、私たちのテロメアはさらに短くなるということです。 ところで、この研究で一つの不思議な事実が発見されます。 同じストレスの状況でも、ある女性はテロメアの長さが短くならないで、うまく保たれたのです。 その理由は一体何なんでしょうか? この疑問を解消するために、継続的な研究と一万冊にわたる関連論文や統計を分析したブラックバーン博士は、テロメアの短縮は人間がどうすることもできないものではなく、自ら調節でき、それは自分の人生や状況にどんな心の姿勢で向き合うかということにある結論づけました。 それは自分に迫りくるストレスをどんな風に受け止めるかという違いでした。 また、UCLA(University of California, Los Angeles)で行う研究の中では、認知症がある家族のケアを長い間やってきた人たちの中で、規則的に瞑想を続けてきた人たちのテロメア維持能力が増加したことを発見しました。 人がストレスを受けた時に2つの反応があります。 一方は怖さ、不安などを感じる「脅威反応」です。 [脅威反応]はまだ起きてない悪い結果までも妄想してしまいます。 もう一方はストレスに対しての[チャレンジ反応]を示します。 [チャレンジ反応]はストレスを受ける状況になると「やってみよう!」とぶつかってみます。おそらく成功した人たちは、混乱に直面した時にこんな風に対処したと思われます。 このようにチャレンジ反応を見せたグループのほうが、そうでないグループに比べてテロメアがより長かったそうです。 人生を送る中で、自分に来る条件をどう受け止めるかによって、自分のテロメアが保護でき健康寿命も延ばすことが可能だということです。 感謝してポジティブに考えたら仕事がうまくいって、体も元気になったという話がありますが、このような肯定的なエネルギーがあるからではないでしょうか。 21世紀に入り、瞑想は現代人のストレスの解消や肯定的な思考のための最強の方法として知られています。 既に多くの論文でストレスを減らすことと同時にテロメアを長くするライフスタイルとして瞑想をおすすめしています。 体と心の元気を取り戻してテロメアを守る唯一の方法は、瞑想を規則的にすることだと力説する人もいます。 瞑想のトレーニングがストレスを減らし、テロメアを補充する酵素であるテロメラーゼを刺激し、さらにテロメアの成長にも役立つという実証的根拠は、様々な資料からご覧になれます。 最近の研究では、瞑想とテロメアの長さ、そしてテロメラーゼの増加との肯定的な関連性を示すことで、瞑想が健康と長寿に重要な役割をするということを示唆しています。 若々しく健康的に長生きする秘訣は高い薬ではなく、結局自分の実践にかかっています。 テロメアを短縮させるストレス要因を避け、テロメアの損失を予防し、むしろ長くする方法を積極的に実践すれば良いのです。 ブラックバーンの話のように、老化のバロメーターであるテロメアは自分で調節でき、その鍵は各自が持っているのです。 ブログホーム

健康・長寿・老化のキー テロメア、瞑想でテロメアを守りましょう2020-10-23T18:48:24+09:00

初めて知った“人生の意味と目的”

2020-10-07T17:18:15+09:00

米・ホーリー=ファミリー大学 看護学科教授 ボアス・ユーさん ストレスを無くす「心を引き算する瞑想」の驚くべき効果、研究し続けたい 2013年、スウェーデン、台湾、アメリカなどの学者を中心に開かれた国際学術会議で私は「心を引き算する瞑想」に関する研究結果について発表しました。 この発表を行なった背景には、私がこれまでこの瞑想を通して非常に多くのものを得た事実があります。 瞑想効果の検証にあたっては同僚の教授たちと共に研究をスタートしました。 大学に「心を引き算する瞑想プログラム」を導入し、教職員と学生あわせて99名を対象に2011年1月から1年半の間、週4回・1回30分ずつ「心を引き算する瞑想」に取り組んでもらいました。 その結果、「心を引き算する瞑想」に取り組んだ人たちの活力と幸福指数に統計的に有意な上昇が認められたのです。 中でも不思議だったのは、学生たちは短時間の瞑想で顔の表情がおだやかになり、明るくなったという点です。 アメリカ社会はストレス指数が特に高く、様々な学術大会で瞑想の効果について発表したところ多くの関心を集めました。 私自身、「心を引き算する瞑想」を始めたきっかけがストレスの解決のためでした。 悟りとは、すでに自分の中に存在するもの 12歳のときに家族と共にアメリカへ移住して以降、私には様々なトラブルがあり、そうしたことから自由になりたいという思いがありました。 中でもアメリカ人である夫との夫婦生活では深刻な葛藤がありました。 事業の不振に苦しむ夫をサポートするのに私は必死でしたが、しだいに互いの意識にすれ違いが生じ、ぶつかることが多くなっていきました。 これ以上、生活を共にしていくことはできないとの判断から離婚を切り出した私に対し、納得できなかったのか、夫は私を訴えたのでした。 以後、3年以上にわたり私たち夫婦は法廷で争い続けるというつらい日々を送ることになりました。 私の放浪が始まったのはその頃からでした。 「これまで自分なりに精一杯努力しながら生きてきたのに、なぜこんなことになるのだろう…」 信仰に救いを求めましたが、心のむなしさを埋めることはできませんでした。 旅行にも出かけ、瞑想や座禅などにも取り組んでみましたが、私は次第に、生きることに何の価値も見出せなくなっていきました。 そんなある日、母から「心を引き算する瞑想」のパンフレットを受け取りました。それを見て私はとても驚きました。そこには明確な瞑想方法があったからです。私はそれまで様々な瞑想に取り組んでいましたが、どれもみな、これといった明確な方法はありませんでした。 私はすぐに「心を引き算する瞑想」を始めると、過去の経験、感情、挫折した時の記憶など心の中のあらゆる荷物が日常生活に影響を及ぼしていたことに気付きました。 瞑想センターで教えられた通りに過去の人生をふり返り手放していくと、私の心はどんどん穏やかになっていきました。そうして最初の瞑想段階を終える頃、「ああ、宇宙が私なんだ」という悟りが静かに訪れました。 本当に驚きと感謝の体験でした。そうして私は知ったのです。悟りとは自分の外側に見つけるものではなく、自分の中にすでに存在するものだということを。心を捨てて自らの本来があらわになるプロセスで悟りは自然に訪れるものなのです。 やつれ果てていた顔が若返って、とてもおだやかに 「心を引き算する瞑想」にはレベル1から7までのステップがあるのですが、レベル2からは大学の長期休暇を利用して韓国にあるメインセンターで瞑想に取り組みました。そうして改めて自分の人生をふり返ってみたのですが、本当に恥ずかしかったですね…。 私は自分のことをいつも善良な人間だと思っていたのです。 キリスト教の教会を受け持つ牧師の娘として育った私はとにかく人々に良い顔をしなければならず、同時に、人を助けなければならないという思いを常に持っていました。 ところが人生をふり返ってみると、それらは本心からのものではありませんでした。自分一人、立派なふりをしていては相手のことを理解することもできませんよね。私はしょっちゅう怒り、あらゆることを他人のせいにしてきましたし…。他人のせいで自分がストレスを被っていると考えていたのです。 本当に間違っていたのは自分自身であり、自分の中に様々な心をためこんで作った自分の思い込みだったことに心を捨てていく過程で気付きました。その結果、夫に心からの謝罪と感謝をすることができるようになりました。 私の変化に一番驚いたのは両親でした。 「やつれ果てていた顔が若返って、とてもおだやかになった」と驚きの声を上げるほどでした。牧師である父が教会の人々に「心を引き算する瞑想を学びなさい」と勧めるのを見た時は本当に驚きました。両親は、人生で一番つらい時の私をそばで見守っていただけに、その変化にはとても大きなインパクトがあったのだと思います。 私自身、ストレスのない人生は実現可能だという事実に心から感謝しています。私が今、研究として取り組んでいるのは「引き算の瞑想」に取り組んだ140名あまりの看護師や学生たちがその後、学業や心身にどのような変化を受けたかを明らかにすることです。 人生の答えは、心を空っぽにして自分の内面と向き合った時にはじめて見つかる 私が指導する看護学科の学生の中には現役の看護師たちもいます。 看護師でもある学生たちは学業に追われるストレスに加えて職場でのストレスも抱えているわけですから、そうした姿を見ると何ともいえない気持ちになります。 心や体に病を抱えて苦しむ人々をケアしなければいけない職業だけに看護師たちのストレスは並大抵のものではありません。 そうした現場で働く人々に私の研究が少しでも役立てばと思っています。 私は博士号取得論文のテーマとして介護士を取り上げたことがあります。8人の介護士に会い、その日常生活を取材し、かなり踏み込んだインタビューも行ない、そうした内容を土台に分析を行ないました。その結果、予想もしていなかった非常に興味深いことがわかりました。 介護士たちの口からは、仕事のストレスとやりがいの話が主に出てくるだろうと想像していたのですが、どの介護士たちにも共通していたのは、仕事を通して人生のむなしさを感じるという話でした。 すなわち、どれほど立派な人物であってもやがて年を取り、病にかかるという姿を日常的に見ている介護士たちは仕事を通して「人生とはじつにむなしいものだ」という思いを共通して持っていたのです。 本当にその通りだと思いませんか? 人が生まれて生きる理由が、あわただしく生きては年老い、病にかかって死ぬためだとしたら人生がむなしく感じられるのは当然です。 私が「心を引き算する瞑想」を通して悟ったことは、人が生まれた理由と目的はハッキリとあるということです。 自分は誰なのか、どこから来てどこへ行くのか。その答えと出会うために私たちは様々なことを経験しながら人生という道を歩みます。そしてその答えは唯一、心を手放し空にして自分自身の内面としっかり向き合った時にはじめて見出すことが出来るのです。 体験談ホーム

初めて知った“人生の意味と目的”2020-10-07T17:18:15+09:00

ラストクリスマス

2020-10-01T18:08:02+09:00

『ラストクリスマス』というアメリカ映画の中で、 「日常の小さな行動がその人の人格を作る」という台詞を聞いた時(映画の意図とは違いますが)、 非情な行動をとるある人のことを思い出しました。 それまで、その人のことを思い出す度に、 不快な感情しか沸いてこなかったが、その時は違いました。 その人は、そんな非情な行動を取らざるえないような厳しい環境で育ってきたんだ。 辛い過去を背負っているに違いないと。 そうすると、 不思議に頭だけでなく心からその人に対する怒りや恨みのような感情がすっと消えていきました。 自分を振り返っても、業というのか、不合理であるとわかっていても自分の意志に反して行動したり思ったりしています。 人間は、皆同じ何だろうと心から気づかされました。

ラストクリスマス2020-10-01T18:08:02+09:00

幸せを感じた時

2020-10-01T18:08:24+09:00

幸せを感じた時 ある日ファミレスで1人、本を読み始めた私。 いつものことなのに このときは、急に不思議な感情が沸き上がってきた。 こうやって1人で読書できるなんて何て幸せなんだろうって! 普段は、ただ耳障りな周りの話し声さえも、嬉しくて嬉しくて微笑ましく感じてしまう。 何だろう何だろう? この感情、今までに感じたことがない、私全体が幸せな心に満ち溢れていました。 雨が激しくなり外は雷雨。そんな中、家にいて守られていることだけで幸せ感がむくむく沸いてくる。

幸せを感じた時2020-10-01T18:08:24+09:00

スポーツ選手にとって最高のメンタルトレーニング

2020-09-11T16:34:17+09:00

C・Gさん/スカッシュ選手 「『すべてのスポーツは心理戦』。そう断言できるくらい、試合中に自分の心をどれだけコントロールできるかはきわめて重要です。 そうした意味で私はこれまで、心を引き算する瞑想にたくさん助けられてきましたね。 この瞑想のおかげで全国レベルの選抜メンバーにも選ばれ、4年連続で全国大会にも出場できましたから」と語るC・Gさん。 スポーツと心の関係についての興味深い体験談です。 興味本位で始めたスカッシュ。「もっと上手くなりたい」という思いが募って…。 スカッシュとの出会いは大学1年の時でした。知り合いのコーチから勧められて始めたんです。実際にやってみるとこれが面白くて、夏休みを利用してインストラクターの資格を取るほど夢中になりました。 そうして大学生活もスポーツセンターでスカッシュの講師をしながら送りました。 スカッシュとは、“ボールを四方の壁に叩き込む”という意味の言葉で、イギリスの囚人たちが刑務所でしていた、壁にボールをぶつけるゲームに由来します。 前方の壁だけでなく左右、後方の壁も利用しながら目まぐるしくボールを打ち合うスカッシュでは、一瞬一瞬の判断力と瞬発力、常に動き続ける体力が重要です。 ですからエネルギーの消耗量は半端じゃないですね。一般の人がスカッシュを5分~10分もすれば大半がヘトヘトになっていまいますよ。 それほどハードなスカッシュですが、ボールを全力で叩くと固い心に風穴があいて、たまったストレスが一気にほどけていくような気分になれるんですね。そんな所に魅力を感じて私はスカッシュにのめりこみました。ボールを思うがままにコントロールして相手に打ち勝った時の気分は最高です。 そうして私は大会にも出場するようになったのですが、ある時から敗けることを極端に嫌うようになりました。敗けるたびにプライドが傷つき、勝ちたいという強い気持ちが生まれるようになりました。 過去の失敗から自由になりたくて始めた瞑想 私はもともとスカッシュに興味があったわけですが、始めた当時はスカッシュの知名度は今よりもっと低かったんですね。国からの補助金もほとんど得られないような状態でしたから選手たちは会社に勤めたり別の仕事をしながら試合に出場するケースが大半でした。 ですからスカッシュの選手として生きていくことを決めたときは周囲からだいぶ心配されました。幸いにしてその頃、国家代表選手と合同で9ヶ月間のトレーニングをする機会に恵まれ、おかげで志を同じくする人々と一緒にトレーニングできたことは大きな励みになりました。 そうしてトレーニングを積み重ねる過程で幸運にもスカッシュの認知度は上昇し、私も自分の実力を多くの人に認めてもらおうと努力を続けました。 ところが、思ったよりも成績は振るいませんでした。 当時の私には試合中に出る悪いクセがあったんです。ミスをしたり自分のプレーが思うようにいかなかったりすると試合中ずっとそのことを考えてしまうんです。そのプレーはすでに終わったことなのにもかかわらず、です。 この問題をどうすれば解決できるのか悩んでいた時、恋人の紹介で心を引き算する瞑想と出会いました。 ミスを繰り返す原因を見つけてとにかく引き算 一番最初にセンターのガイドの方からこんな説明を受けました。 「私たちは今まで人生で足し算ばかりしてきましたよね。でもこの瞑想は心を引き算するものなんです。引き算すればすべては無いものなんですよ」と。 この言葉は私にとって希望のメッセージのように聞こえました。 その競技で生計を立てようとするアスリートにとって、試合に勝たなければならないというプレッシャーの大きさは、経験した人でなければわからないと思います。本当に大変な重圧です。特に大きな試合を前にするとありとあらゆるネガティブな考えが出てきてしまうものなんです。 「試合に敗けたらどうしよう」 「ケガをしたらどうしよう」 「今後の収入はどうなるだろうか」 「敗けたら周りから何て言われるだろう…」 ボールをコントロールする立場なのに、ボールに囚われ支配されてしまうんです。 そのため、普段は高い実力を持っている選手でも実際の試合になると十分な実力を発揮できないケースは少なくありません。 瞑想を始めて何日か経つと、人生の様々な記憶が一気に押し寄せてきました。小さい頃のつらかった思い出から試合で敗けた時の記憶まで…。 驚いたのはそうした記憶が心の中だけでなく、体の細胞一つ一つにまで染み込んでいるということでした。おかげで同じ失敗をなぜ繰り返してしまうのかがよくわかりました。 スポーツ選手ならみな知っていると思います。 以前に犯したミスを試合中の決定的な瞬間に自分が繰り返してしまっているということを。 本当に知らないうちにやってしまうんです。練習を懸命に繰り返して弱点を克服したと思っても、一瞬の判断でなされる実戦では元の木阿弥になってしまったり…。 無意識的な行動の数々は体の記憶によることを悟った時、あたかも永遠に解けない謎を解き明かしたような気分でした。それ以降はとにかく引き算の瞑想に没頭しました。 努力した分だけ理想のプレーを実現できる幸せ この瞑想と出会ってから私自身が一番変わった点は、ひたすら競技だけに集中するようになったことですね。 ただスカッシュが楽しくて夢中になっていた頃の気持ちを取り戻したとでもいうか…。ある時、気がつくと私は笑顔で試合を楽しんでいたんです。 心に余裕が生まれると視野も広くなり、自分や対戦相手がどのようなプレーをするのかも冷静に見えるようになりました。体と心に染み込んだ記憶に縛られることが無くなると、自分の望んだプレーを実現できるようになったんです。 複数の選手とチームを組んで試合をする時にはチームワークが何より重要になりますが、2ヶ月もの間、合宿形式で合同練習をした際はみなが互いのプレーを生かす動きができました。私が全力で叩き込んだボールをどのチームメイトも見事に打ち返してきて、スキを見せるヒマも無かったほどです(苦笑)。 合宿ではお互いのプレーを通して自分に足りていない部分を補強することができてチームメイトたちには感謝でいっぱいでしたね。 以前はミスをしたことで自分を責めたりしたんですが、今はミスも教訓としてとらえられるようになり、弱点を事前に把握した上で試合に臨めるようになったため、実績も次々に残せるようになりました。 スポーツ選手としては日頃の努力の成果を試合で発揮できた時ほど幸福な瞬間はありません。 他の選手にも心の引き算を通して最高のパフォーマンスを発揮してもらえたらと思います。 体験談ホーム

スポーツ選手にとって最高のメンタルトレーニング2020-09-11T16:34:17+09:00