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机の周りやパソコンの中のデータを整理して頭の中をすっきりさせましょう

2020-09-03T20:56:34+09:00

事務室を見渡してみると、机の上が散らかっている人が一人くらいは居るはずです。 書類があふれ、本が積み重なり、お菓子の食べかすやコーヒーカップなどが散乱して机のスペースがなくなっている人は、その環境のせいで集中力が欠けてしまい、仕事にも没頭できなくなります。 また、何かを探すのに時間と労力がかかってしまい、仕事でミスをするようになります。一方で、毎回、仕事の後に机の周りを整理している人は、生産力や創造力があり、仕事に対する満足度が高いです。 それは、仕事が始まる前に、たまった書類を片付ける労力を使う必要がないため、心に余裕ができるからです。また、机の周りが整理されていると、今やるべきことは何なのかが、より明確になります。 最近、大企業が業務の効率化を目指して、机の周りを整理するように推進しているのも、この理由です。 アメリカの心理学者キャサリンタギットが研究した結果、散らかっている環境で働くと心拍数が増えて血圧が高まり、頭痛、肩こりが起こりやすくなり、また、精神的にも不安になり、同僚や部下に対して怒りやすくななる(不機嫌な態度をとる)という結果が明らかになりました。 整理整頓された机の周りというのは、すなわち、落ち着いたきれいな精神状態をあらわしています。 毎日、机の周りを5分、整理整頓するだけでも、性格が前向きに明るくなり、現在のことに最大限の力を発揮することができます。 書類の整理は段ボール一箱で終わらせます 書類は頭の中で考えていることを紙に表現したものです。 つまり、要らない書類を捨てるということは、要らない雑念を捨てることにつながり、集中力を高めるための手助けになります。 ①使い終わった文房具や郵便物やメモは頻繁に捨てる。 ②大事なメッセージはひとつのノートに整理して定期的にパソコンに保存する。 ③書類は要るものと要らないものを区分し、要らないものは捨てる。あいまいなものは保留の箱を作り、一旦その中に入れて数ヶ月後に捨てる。 増え続ける名刺や過去を捨てる 大事な人脈であるはずの名刺を散らかして机の隅に放って置いているというのは人間関係を大事にしていないことのあらわれです。 名刺の数だけに着目し、それを自分の実力だと勘違いしていないかどうかを振り返ってみましょう。 誰だったか思い出せない名刺はすぐに捨てましょう。さらに、その人と結び付いている成功と失敗の記憶も一緒に捨てることで、新しい出会いを充実させることができます。 整理整頓の際に忘れがちな(死角となる)パソコンの中も空っぽにしましょう パソコンの中は机の周りと同じように頭の中の状態をそのままあらわしています。パソコンの動きが遅いのはパソコンのせいだとせめる前に、デスクトップ上でフォルダやファイルが散らかっていないか確認してみましょう。 自分なりに時間を決めてハードディスクを整理すると、速度のはやい状態でパソコンを長持ちさせることができます。 判断に迷うファイルは、紙の書類と同じように、一旦保存のフォルダ(箱)を作り、その中に入れて、数ヶ月後に捨てます。要らないファイルを捨てるだけで頭の中がすっきりして、仕事の負担が軽減したように感じられます。 ①デスクトップのアイコンはパソコンの速度を遅くする原因になるため、最小限にとどめる ②気に入らない写真、使わないソフトウェア、お気に入りは削除する ③ゴミ箱は、その都度、空っぽにする ④E-mailの返事はすぐにおこない、送信ボックスは空っぽにする。また、3ヶ月の間、読まなかったニュースレターやメールマガジンは通信を停止する 緑の植物から得られる癒し効果 机の周りが整理整頓できたら、周りに緑の植物を置いてみましょう。日本とオーストラリアの心理学者たちが、仕事の環境と創造力の関係を研究した結果、机の周りに植木鉢を置くと、創造力が15%アップすることが証明されました。 植木鉢を置くことができない場合は、昼休み中に生きた植物を見ながら休憩するのも効果があります。 参考文献 舛田光洋(ますだみつひろ)[「そうじ力」で自分磨き] カレン・キングストン [ガラクタ捨てれば自分が見える] ブログホーム

机の周りやパソコンの中のデータを整理して頭の中をすっきりさせましょう2020-09-03T20:56:34+09:00

すべての疑問に対する答えを与えてくれました

2020-09-07T18:47:42+09:00

ミハイ・ミハルチク (内装業/オーストラリア・パース在住) 「私は誰なのか?」 「どこから来たのか? なぜ存在するのか?」 「人生とは何か? 死とは何か?」 こうした疑問に対する答えを私は人生で常に求めていました。 幼少の頃から両親や教師、通っていた教会の牧師にこうした質問をぶつけたりもしました。しかし、大人たちは様々に答えてはくれるものの、知ったかぶりをするだけで本当の答えを知らないことは幼い私の目にも明らかでした。 どこにも見出すことのできなかった人生の答え 成長するにしたがって私は人生の疑問に対する答えをあきらめるようになりました。 一度きりの人生、どうせなら全力で生きてみよう、思い切り楽しめるだけ楽しもう。そう考えたのです。ですが、そうした思いは長くは続きませんでした。 どれだけお金を稼いでも様々なものを買い求めてみたりたくさんの女性と出会ってみても、周囲からは幸福そうに見えていたのかもしませんが、そうした行為からもたらされる喜びや楽しさはほんのつかの間で、長続きしなかったのです。私の内面は空虚で不完全で満たされないままでした。 私の心は永遠の幸せを渇望していました。しかしながらそれはどこで見つけられるものなのか、そもそもそんなものが存在するのかどうかすらわかりませんでした。 それから月日は流れ、無意味なことの奴隷になって送る人生に心底嫌気がさした私の心に、幼少期の頃に抱えていたあの疑問の数々が再び思い浮かびました。今から数年前のことです。 「私は誰なのか?」 「人生とは何か?」 「ただ食事と排泄の繰り返しが人生のすべてなのか?」 「今よりもう少しの幸せのためには常に今を苦痛と引き換えにしなければならないのか?」 「自分が相手よりも優れていることを証明するために争い、人より多くのお金や大きな家や、より高価な物を所有していることを誇示し、そして死ぬ。それが本当に自分が生きる理由なのだろうか?」 私は人生にただ一つの幸福も見出すことができませんでした。 すべての疑問への答えを与えてくれた心の引き算 ところがある日、散歩をしているときにパース瞑想センターの看板が目に映りました。そして何気なくセンターに立ち寄ってみたのです。短い説明を受けたのですが、ここには人間の心を宇宙の心に変えるメソッドがあり、センターの人々がその方法を知っているのを感じました。私はそれまでも様々な所を訪れてみたりもしていたのですが、具体的な方法や結果はありませんでした。しかしこのセンターでは、心を捨てれば自分みずからがすべてを知ることができるというのです。私が望んでいたのは答えを聞くことではなく、私自身が答えそのものを手にすることでした。 「ここだ!」 私はそう思いました。 翌日から瞑想方法にしたがって瞑想を始めました。センターに入ったとき、人々が私から何かを得ようとするのではなく、私を心からサポートし答えにたどりつけるよう力を貸そうとしてくれているのがわかりました。みな情熱的で献身的に案内をしてくれました。 瞑想方法はとてもシンプルで簡単なものでした。私はその方法に魅了されました。そうして2週間が経ち、瞑想の最初の段階を終える瞬間の出来事でした。 「私は誰なのか?」という、人生における最も大きな疑問。その疑問への答えを私は悟ったのです。本当に奇跡のようでした。 私の両親は宗教への信仰を持っていましたが、その両親も「私は誰なのか?」「人生とは何か?」「死とは何か?」に対する解答を私に与えることはできませんでした。真理を得ようと世界中を旅してたくさんのことを試しましたが、私はいつも空虚でした。しかしここにその方法があったのです。 1段階から7段階までの瞑想をしながら私は、それまで抱えていたあらゆる疑問への解答を得ました。狭い自分の人間の心、自分の人生のビデオテープとそこから生じる数多くの考えの中にいたために不完全で人生がストレスと苦痛でしかなかったのです。自分の思いに沿うようにこの世の中を変えようとするから苦労するしかなかったのです。しかしその思いを手放すことによって無限大の本来の宇宙の心に帰ることができました。 ストレスでいっぱいだった心に今は幸せだけが満ちている 私は本当の故郷である自分の本来を取り戻しました。人間の完成を実現しました。この世の中は完全で、平和な心と共に永遠の安定を得たのです。人生における苦痛とストレスから抜け出して生きられる有難さと幸せは本当に言葉で表現できるものではありません。また、私が手にした永遠の生と幸福の前ではどれほどの富と名誉も何の輝きも持ちません。 この文章を書きながらも涙がにじんでしまいます。監獄にも等しかった人間の心から解放され、永遠の幸福とそして自由を与えてくれたこの方法に心から感謝しています。 アレクサンダー大王は剣で世界を征服しましたが、人生において成功することはできませんでした。彼は臨終の際、自らの遺体を棺に入れる時には自分の手を棺の外に出し、人々の目に触れるようにせよとの遺言を残したそうです。人間がこの世に生まれる時、みな何も持たずにやってくる。その後どのような力を得て金持ちになろうが有名になろうが、この世から離れる時は再び手ぶらで旅立ってゆく。そのことをアレクサンダー大王は人々に示したかったといいます。 有難いことに私はこの驚くべき瞑想法のおかげで、アレクサンダー大王のように剣で世界を征服する道ではなく、本当の世界を覆っていた偽りの自分の心を手放すことで本当の世界を手にする道を歩むことができました。 この瞑想法はとてもシンプルで簡単で誰でも取り組めるものです。私にも、他の大勢の人々にも取り組むことができた方法です。この体験談を読んでいるあなたにも取り組むことのできるものです。ぜひ最寄のセンターでこの瞑想を始められることを願っています。今や人間の心から抜け出し宇宙の心となって私たち皆が一つの心で生きる時代がやってきたのです。 体験談ホーム

すべての疑問に対する答えを与えてくれました2020-09-07T18:47:42+09:00

共感を得る文章の書き方

2020-10-23T18:48:39+09:00

最近、文章の書き方講座やライティングに関する本が大ヒットしています。携帯電話のメッセージ、ブログ、ツイッターのように、文字で意思疎通をする媒体が増えていることから、文を書く重要性が明るみに出ています。 胸に伝わる広告コピーが消費者の心を動かし、レポート1枚で成否を分けることもあります 。電子技術が溢れている時代でも、その基本は文を書くことです。しかし、いざ書こうとすると不安が先立ちます。考えや人格がそっくりそのまま文に反映されるからです。 簡素な文では物足りないし、長い文の方が有識に見えるという考えから、自分も知らないうちに必要のない余計な表現を付け加えてしまうのです。 考えている通りに言葉が出るように、文も同様です。明瞭な考えが、明瞭な文になります。真実と論理には、飾り立てた言葉は必要ありません。むしろ飾り立てた言葉に、読者の注意が惹きつけられて、文を理解する妨げになります。 昨今、読者達が望む良い文とは、美辞麗句を用いた高尚な文章ではなく、易しくて、内容がはっきりしていながら、心がこもったメッセージです。人気ブログの文や人気ドラマのセリフを見ただけでも、正直で、人間味に溢れる文が成功を収めていることがわかります。 まず、無駄なものを取り払うことが、上手な文を書くことへの近道です。 読者の立場に立って書きます 文を書く人は、読者をいつも気に留めておかなければなりません。読者の時間と努力、忍耐力を浪費してはいけないという意味です。 読者がメッセージをそのまま受け取るように、簡潔で短かく書かなければなりません。最近は、長い文を読むことを避ける傾向があるため、なるべく短く書くのが良いのです。 不安を捨てる 大部分の人達が、うまく書かなければいけないという重圧で、文を書くことに不安を抱いています。 かっこいい表現を用いて、おおげさな文を書いて、自分を隠そうとします。そうすると、美辞麗句は多くなり、文は長くなります。 しかし読者を魅了するのは、書き手の情熱と人間味なのです。自分をありのままに表現することで、訴える力のある簡潔な文体があらわれます。 頭ではなく、手と心で 文は考えすぎることなく書かなければなりません。すなわち、頭ではなく手で書かなければなりません。 頭の中にある、数多くの固定観念が正しいか正しくないかを判断する前に、胸の中にある言語を素早く、紙の上に書き写さないといけません。 取り除いた分だけ上手くなります 上手な文を書く為には、間違っている部分を思い切って取り除く勇気が必要です。 一日が経った後、ゆっくり読んでみて下さい。文が長すぎたり、重複されている単語が多かったりします。 書き直すことを恥ずかしがる必要はありません。 引き算の方法 華々しい単語を使うより、正確な単語を使いこなします。 ① 重複した単語や副詞、あるいは外来語の翻訳表現を自粛します。 ② 取り除くのがもったいなくても、加筆した文章が馴染まない時は思い切ってなくします。 ③ 短期間で上手な文を書こうという欲は捨てて、最後まで最大限に練って仕上げます。 ④ 他の人の文と同じように自分の文も軽んじることが本物の作家になる第一歩です。 ブログホーム

共感を得る文章の書き方2020-10-23T18:48:39+09:00

パニック障害は静かに消え去りました

2020-08-28T18:07:21+09:00

職場での過度のストレスからパニック障害を患ったというG・Kさん。 「すべては心の問題」という医師の言葉から、空気の良い田舎へ移り住んだり、心に関する自己啓発書を数多く読んでみたりもしたものの、答えに出会うことはできなかったという。 “このまま死ぬんだな”と思い詰めていた時、同僚から勧められたのが心を引き算する瞑想だった。 心を引き算しただけなのに、パニック障害は何事も無かったかのように静かに消え去った。 心の病に苦しみ続けたある会社員の瞑想体験談。 心に過剰な負荷がかかるとパニック障害が起こる 入社して5年たった頃、私は他の支店に転勤になりました。不慣れな環境に適応する間もなく上司から浴びせられる指示の数々…。 処理しなければならない書類は常に山積みで目の回るような忙しさでした。 職場の人々ともよくもめました。 上司の一言に深く傷つき、一方で評価される同僚への劣等感は大きくなる一方でした。 「上司は他の部下ばかり可愛がり、私のことは嫌っている。出身地方も違うから良くしてもらえない…」。 周囲の人々の姿を自分勝手に解釈し、自らを苦しめ、私はどんどん卑屈になっていきました。自分が育った環境まで恨めしく思いました。田舎の島で育った私が上京してからずっと持ち続けていたコンプレックスでした。 小さなことまで根に持ち寛容でいられない自分が情けなく思われました。そんなある日のこと。 会社で昼食をとり、イスにもたれて休んでいると不意に不安が襲ってきました。まるでそれまで全身に眠っていたスイッチが一気に入ったかのように、体中に不安感が押し寄せてきたのです。 退勤時間になるや否や会社を飛び出し帰宅しようとしたものの、気分が悪く帰りの電車に乗り続けていられず、途中下車しなければなりませんでした。あわてて病院を探し駆け込んだのは夜間の救急病棟でした。 冷や汗で全身びっしょりになり、呼吸するのも苦しく、頭から足のつま先までマヒしたかのようでした。「このまま死んでしまうかもしれない」。そう思いました。 これが、その後も続く病魔との戦いの始まりでした。 突然増えた仕事量は強いプレッシャーとなり、心に大きな負荷をかけていたのです。 「薬は補助に過ぎない。心を入れ替えろ」と医師は言う。しかし、どうすれば… 病院の診察でパニック障害だと診断されました。医師からは「薬は補助的な役割を果たすに過ぎないから、心を入れ替えなければ良くならない」と言われました。でもそれでは一体、どうすれば心を入れ替えられるものなのか…どうしていいかわかりませんでした。 心は常に緊張状態で心臓の動悸にも悩まされていました。おおぜいの観客のいる舞台に立っているような気分。緊張がひどくなると過呼吸で息が出来なくなります。 いつそれがやってくるかもしれない不安から体重はどんどん落ちていきました。恐怖感に突然おそわれたり、地獄にいるような恐ろしさを24時間味わったこともありました。 静かな環境に身を置けば症状が改善するかもしれないと思い、地方勤務を願い出たりもしました。しかしそうした場所でも症状に変わりはありませんでした。 その後、都市部の支店に戻りました。業務自体はさほど大変ではなくても、息が詰まるほどあわただしい大都市の業務習慣は相変わらずで、私が精神的にもろくストレスに弱いからこんな病気になったのだという思いが頭から離れませんでした。 心をコントロールできるという本も読み、心を落ち着かせようとしましたが、たいした効果はありませんでした。悪いことは重なるもので、引っ張られたギターの弦のように後頭部がひきつる症状まで現れ、絶え間ない死の恐怖にさらされる思いでした。 小心な自分と共に静かに消え去ったパニック障害 40代に最も多いと言われる“突然死”。まさに自分がその犠牲になるのだなと思いました。そのとき不意に以前同僚から勧められた「心を引き算する瞑想」のことが頭に浮かびました。すぐさまセンターに行き、死ぬ気で心を捨てました。 この弱い心のためにこんな病気にまでかかり、これまでどれほど苦しんできたことか…。そんな心を捨て去ることができるということ自体、本当にありがたかった。 悲惨だった日々のことが脳裏に浮かびました。 家族の前で歌を歌うことすらできないほど小心で、学級会では一言も口にできなかった学生時代…。 自分は弱い。自分は小心者。そんな記憶の数々を思い浮かべ、こんな気弱な人間に自分を生んだ両親への恨みつらみも捨てました。 私は周囲の人々に優しい善良な人でいたいと普段から思っていました。しかし自分の内面をふり返ってみると、人からほめられたいがために行動していただけだったということがわかりました。そのため、私なりに良くしてあげたと思っていた人から非難されたりすると大きく傷ついていたのです。 そうした心の傷の数々が私をさらに緊張させ、萎縮させていたのです。心の傷が私のストレスになっていたのでした。私はけんめいに心の傷を捨て続けました。 そうした心の傷の数々が私をさらに緊張させ、萎縮させていたのです。心の傷が私のストレスになっていたのでした。私はけんめいに心の傷を捨て続けました。 そしてあるとき感じたのです。書類一枚、周囲の人から発せられる一言、上司の指示一つに縮み上がり傷ついていた自分という存在が消えてなくなってゆくのを…。 死ぬ気で心を捨てていただけなのに、私は少しずつ変わっていきました。そして私を苦しめてきたパニック障害もいつの間にか静かに消えていったのです。 本当に奇跡といっていいほどの出来事でした! この世の中は自分の心をそっくりそのまま映し出す。つらく苦しいのならその心と向き合うこと。 その後、当然のように職場での生活も変わりました。周囲とぶつかることも減り、物事を広く見て受け入れる余裕が生まれました。以前のように仕事に取り組む前から「上手くいくだろうか?」と心配し焦ることもなくなりました。結果は時間が経てば自然にわかるものなのだから、その過程で最善を尽くせばよいのだと思えるようになりました。 一緒に働く同僚たちにも感謝でき、人を批判するよりも自分が自分の仕事にベストを尽くせているかどうかを気にかけるようになりました。 すべてがあっという間に移り変わる現代。あらゆる人が「職場でのプレッシャーは増すばかりだ」と口にします。これまでのスタイルにこだわり、自分を変えようとしないのなら今後その重圧は増大する一方だと思います。 幸いにして私は心を捨てることによって、それまでの凝り固まった固定観念も同時に変えることができました。おかげで新しい分野への関心も生まれ、後輩たちにも気兼ねなく助けを求められるようになりました。 人前ではまともに話すことも出来なかった私が、気がつけば家族をリードし、また同窓会のような集まりでは司会をするようになりました。多忙な日常ではありますが、暮らしに追われているという思いはありません。いつも前向きです。 「この世は自分の心をあるがままに見せてくれるものだ」という言葉があります。今この瞬間、ストレスで苦しんでいたり、好ましくない出来事によって悩んでいるのなら、まずは自分自身の心から見つめ直してみることを私はお勧めしたいです。 自分のことを振り返ってみることができるということは、とりもなおさず新しい自分、新しい世界と出会う準備が出来ているということなのです。 [...]

パニック障害は静かに消え去りました2020-08-28T18:07:21+09:00

効果的なダイエットをするならストレスからなくすべきです

2020-08-28T18:07:14+09:00

画期的である体重減量プログラムやダイエット食品が、毎日溢れんばかりと出ています。ところが、肥満患者は相変わらず増え続け、その勢いはとどまることを知りません。 太らない人の食生活を観察してみると意外と簡単です。空腹時に食べて、満腹時には食べないということです。しかし、過食中である場合は、お腹がすくのはもちろんのこと、辛い、口寂しい、あとでお腹がすくかもしれない、作ってくれた人への礼儀がある…などの様々な気持ちや疎外感、空虚感、挫折感など、感情的な飢えを満たす為に、食べ物を探してしまうケースが多いのです。 思う存分食べたら、心が楽になるからです。しかし食べ物は、情緒的な飢えを根本的に満たすことはできません。自分の内面を見つめると、ダイエットを持続できない理由を発見できるようになります。 「私なんてどうせやっても出来るわけないわよ」というようなマイナス的な考えは、生活の活力を低下させ、どんなこともすぐに諦めさせてしまいます。体重減量の脅迫概念と過去のダイエットの失敗体験を払いのけることも重要です。現在の自分をありのまま受け入れた時、成功的なダイエットを始めることができるのです。 痩せようと試みるなら、まずストレスをなくさなければいけません 肥満人の大多数が、ストレスがたまった時に習慣的に食べ物を食べる傾向があります。ストレスを受けると、食欲調節と関連がある「副腎皮質刺激ホルモン」というストレスホルモンの一種が分泌されます。 ストレスを感じ始めた初期では食欲が落ちて痩せていくのですが、それが継続されると、ホルモンのバランスが崩れて、お腹がすいていなくても暴食をするようになります。 そのため、食事療法をする前にストレスをなくすことが最優先なのです。ストレスが解消されただけでも食欲が調節され、体重が自然に落ちるものです。 幼い時の食事に関する記憶を捨てましょう 幼い時の食事と関連する経験が、現在の食習慣に影響を及ぼします。親から愛される為にたくさん食べた経験や良いことをした報酬として食べ物をもらおうとした経験などはなかったかどうかを振り返り、そのような記憶があった場合は、その記憶を捨てましょう。 「早く大きくなるためにたくさん食べないといけないよ」 「恵まれない子供達のことを考えて、食べ物を残したら駄目だよ」というような話を聞いて育つと、 お腹がいっぱいでもずっと食べ続ける習慣が形成され、結局大人になって肥満になったり、楽に体重をコントロールできなくなります。 化学物質を取り除きましょう 単純にカロリーだけ制限するダイエットが失敗する場合は、体の中に流入された化学物質の影響もあります。ここ最近何年かの間に、農薬、防腐剤、色素、肉類の中の抗生剤、食品包装紙など、化学物質がぐんと増え、私達の体は化学物質の処理に混乱しています。 新陳代謝に悪影響が及び、体重を調節する能力が失われ、栄養素の消費量も増加しました。したがって無条件に少なく食べることより、生活の中で化学物質を取り除くことが必要です。 1、添加物が少ない物や有機農食品を食べて、カフェイン飲料、清涼飲料、アルコール、トランス脂肪酸は避けるようにします。 2、水溶性食物繊維を摂取して化学物質の解毒と排出を促します。 3、無条件に飲食を控えることよりも、ビタミン、ミネラルが多い食べ物を食べて適切な栄養素を摂取します。 4、換気をよくして空気浄化をする植物を育てて、空気中の化学物質を減らします。 5、ガラスや天然の容器に食べ物を保管します。油っこい食べ物はプラスチックに含まれた化学物質を吸収するので注意します。 6、パーマやカラーリングをする時は可能な限り有機農の品を使用します。 7、クリーニングに出した衣料は1日ほど屋外の風通しが良い所で陰干ししてからタンスに収納し、合成皮革、防水処理、耐熱処理がされている服はできるだけタンスに入れないようにします。 8、家中の害虫を駆除する防虫スプレーは毒性が強いため、ハーブや重曹(ベーキングソーダ)などを利用します。 日常的に筋肉の運動も心掛けましょう 同じ体重であったとしても、体脂肪が少なく筋肉の量が多くなれば、基礎代謝が活発になるためダイエットの役に立ちます。 ①腹部に力を加える→腹部が背骨につく感覚で、腹部の筋肉を6秒くらい収縮させた後、緊張を緩めます。一日に一回でも必ずやれば、腹部の筋肉が早く良くなることを感じることができます。 ②腹部マッサージ→眠る前に5分くらい腹部をマッサージして、叩いたりつねったりします。血液循環と新陳代謝を助け、部分肥満に効果的です。 参照図書 <自己催眠 ダイエット> エルジー ビキンショウ <私の体を蘇らせる エコ環境 ダイエット> ポーラ ベリー へミルトン <ダイエット絶対にするな> ロバート M.シュウィッツ ブログホーム

効果的なダイエットをするならストレスからなくすべきです2020-08-28T18:07:14+09:00

心的外傷後ストレス障害(PTSD)を完全に克服できました

2020-08-28T18:07:09+09:00

消防士のジャン・ハクスさん(46才)は、心を引き算する瞑想を通じて心的外傷後ストレス障害(PTSD)を完全に克服できたという。 彼が取り組んでいるのは、火災、交通事故、山岳事故などの各種緊急事態に対応し国民の生命と安全を守る仕事である。職業柄、凄惨な事故現場を目の当たりにせざるを得ない身体的・精神的なストレスから心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い長年苦しんできたが、心を引き算する瞑想と出会い、自分を縛り付けてきた過去の記憶からようやく自由になれたという。そんな彼は今「誰かを救うことができるということに感謝しかない」と語る。 出動ベルが鳴ると、一刻も早く現場に駆け付けようと反射的に体が走り出します。自分がいつどんな状況にさらされるかも知れない緊張の連続。その上、人命救助は時間との戦いです。最初のころは出動に対するプレッシャーがすごかったですね。それでも尊い人命を救い出せた時の充足感と喜びは言葉では表現できないほどです。 消防士の仕事で最もつらいのは事故現場で目にする悲惨な光景です。私が初めて人の死に触れたのは交通事故の現場においてでした。中年女性の遺体を運んだのですが、その時の光景は長らく脳裏から離れませんでした。 2005年に救急救命士の資格を得て本格的に救急救命にあたることになってからはさらに深刻な場面に遭遇することになりました。 転落死、自殺、交通事故など各種事件・事故の現場に赴くうちにいつしかその場面が深く記憶に刻印されるようになったのです。 任務中にもふいに脳裏に浮かんできたり、夢に見てうなされたり…。以前行った現場と似た状況に出くわすとその時の記憶がよみがえって本当に苦しかったですね。もうこんな光景は二度と目にしたくないと切実に思ったりもしました。仕事を辞めることも真剣に考えるほどで、また現場で命の危険を覚えることも少なくありませんでした。 2002年には大きな山火事があったのですが、一挙に炎に包囲され命を落とすところでした。幸い消防ヘリのおかげで九死に一生を得ましたが、そうした体験をして以降は出動ベルが鳴ると恐怖を覚えるようになってしまったのです。 そうして2007年に地方の勤務地で3年を一人で過ごすうちにうつ病になりました。火事が起これば消防車で駆け付け、けが人や病人がいれば救急車で病院まで運び…。一人で現場を回していましたから「もう一人だけでも誰かがいてくれたら」と思いましたね。頼れる同僚もいない中で任務を果たすプレッシャー、さびしさと恐怖、そのうち何事にも無気力になり、「この仕事を続けるべきなのか」と幾度も悩みました。 心を引き算する瞑想と出会ったのは偶然そんな時期でした。「本当に心を捨てることなんてできるのだろうか?」。そう思いましたが、自分を苦しめる考えから少しでも自由になりたかったですし、現状から抜け出したいという思いで解決策を探していた最中でしたから、すぐに瞑想センターを訪れることにしたのです。 最初のころは、記憶を思い返して捨てるということに苦労しました。特に死と関連する記憶を捨てる時は悪戦苦闘しましたね。そのうち「どこまでやれるか勝負だ!」とやけっぱちになって捨てたりもして、そうこうするうちに自分にとって死に対する恐怖がなぜここまで大きかったのかがわかるようになりました。 幼少のころ、ひいおじいさんが亡くなったのですが、その時、葬儀でお経を読み上げるお坊さんの姿や弔問客をじっと見ていた自分…。怖くて自分の部屋にも入れなかった記憶…。そんな人生の記憶の数々が自分の中に保存されていて、それが自分の心を突き動かしていることに気付いたのです。その事実を知ってからはより懸命に瞑想に取り組みました。するとある時、「ああ、これらはみな実在しない虚像なんだ…」と心から悟ったのです。 その時から本当にきれいに心を捨てられるようになりました。 また、不思議なことに瞑想に取り組んでからたった三日で、布団に入るや否や眠れるようになりました。私には睡眠障害があり、布団に入っても寝入るまでに一時間以上かかり、さらに途中で3,4回は目を覚ましてしまう状態でいつも疲れが取れなかったのですが、朝までぐっすり眠れるようになって最高の気分になったのです。 そうして瞑想を続けていると、ある時、心の中にあったずっしりとした重石(おもし)のようなものがドカンと砕けて一切がなくなったかと思うと、いっぱいに満たされている感じがしました。そして宇宙が本当の自分であることを悟りました。その瞬間がどれほどうれしいものだったか…。まるで一寸先も見えない濃霧の中に一筋の光が差し込んだかのような、それまで山積みだった宿題が一瞬で片付いたような気分でした。 じっさい生と死の境を行き来する仕事をしていると、人の命はハエの命と変わるところがないのだなと感じる瞬間があり、いつもむなしい気持ちを私は抱えていました。一体、生きるとはどういうことなのか、その意味を求めていましたが、瞑想を通じてその答えと出会うことができたのです。この体が生きるということなのではなく、宇宙と一つになり、その精神として永遠に生きることこそ本当の生であるということを…。 休暇が終わってからも引き続き地道に瞑想に取り組みました。 そうしているといつからなのか、自分の変化を感じ取れるようになりました。まず出動に対する恐怖が少しずつ薄れていきました。働くことができることに感謝でき、自分の仕事が人を助ける仕事であることに感謝でき、共に働く同僚たちに感謝でき…。すべてを前向きにとらえられるようになり、今の仕事は天職だ、自分の居場所はここなんだと気持ちが大きく変わったのです。 何よりも素晴らしかったのは、自分を苦しめたあの悲惨な現場に関する記憶の数々から自由になれたことです。いつも避けたくて仕方がなかった事件事故の現場で冷静沈着に任務を遂行する自分の姿には私自身が驚くほどです。そうして心の平穏を取り戻すと、一日に10件以上の事故処理にあたっても疲れ知らずになりました。そのとき私は悟ったのです。本当の休息とは、心が安らいでいることだと。 消防士、警察官等の職務現場では、他の職業と比べて心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩む人が少なくありません。はたから見れば明るい人でも、そうした内面を押し殺しながら勤務している人は多いのです。そうした人々には特に「心を引き算する瞑想」をやってほしいですね。わが家をきれいにリフォームするように、自分の心もリフォームする。そんな感じで瞑想に取り組んでもらえたらと思います。傷み疲れた心を手当てして、重たい記憶も取り除けば、安らかな新しい心で生きることができますから。 今は出動ベルが鳴ると無心で体が駆け出します、何の迷いも不安もなく。「さあ行くぞ!」。そんな思いで真っすぐに自分が必要とされている場所へと力いっぱい向かうだけです。 体験談ホーム

心的外傷後ストレス障害(PTSD)を完全に克服できました2020-08-28T18:07:09+09:00

今生きることが重苦しく感じるなら

2020-08-06T15:51:15+09:00

生きることが重苦しいというある男性が、人生の師匠のもとを訪れて、こう言いました。 「とても苦しくて悩んでいます。どうか幸せになる方法を教えて下さい。」 師匠は庭にいて、「今は花の世話をしないといけないから、私のかばんを少しの間、持っていてくれないか」と言いました。 彼は師匠のかばんを受け取り、持っていると、最初は重くなかったかばんが、次第に重く感じられるようになりました。 こらえきれずになった彼が聞きました。「このかばんを、いつまで持っていないといけないのでしょうか?」 その言葉に対して、師匠は 「え??重たかったら下ろせばいいのに、今までずっと持っていたの?」 その瞬間、彼は悟りました。 幸せになりたいのなら、 このように重たく抱えているすべてを下ろせば良いということを。 ブログホーム

今生きることが重苦しく感じるなら2020-08-06T15:51:15+09:00

引き算してこそ元気になる

2020-10-07T17:18:59+09:00

引き算してこそ元気になる ロボットの頭脳と人の心の共通点 チェ・チュンボ(ロボット科学者) 世界トップクラスの産業用ロボット製造会社として知られる米・ブルックスオートメーション。その専務理事を務め、同時にロボットの頭脳を研究する科学者でもあるチェ・チュンボさん。彼女が率いるロボットソフトウェア開発チームは、世界最高の人材が集結していたことから“小さな国連”と呼ばれたという。40歳で工学の勉強を始め、1995年にブルックスオートメーションに入社してわずか4年で理事へと登りつめたアジア人女性だ。最盛期の年棒はアメリカ上位5%にランキングされるほど高額なものだったが、解くことのできない人生の疑問への答えを求める過程で彼女は「心を引き算する瞑想」と出会った。 残された人生の時間は、これまで送ってきた時間より少ない―そんな思いが強かった 2002年、50歳になった時のことです。 「自分に残された時間って、もう多くないんだな」 そんな思いがとつぜん湧き上がってきたのです。 「残された人生は神の意思に従って人に奉仕する人生を今からでも送ろう」。 そう思いました。 でも、いざ奉仕するといっても何を始めたらいいのかもわかりませんでした。何よりも私自身の心が、奉仕する姿勢になっていませんでした。 自分の身を低くして相手を尊重する心にならなければいけないのに、私はそうなれなかったのです。 素晴らしい本も読み、良いという講演にも足を運んでみましたが、思ったようには私の心は変わりませんでした。 そうして7年が過ぎたある日、心を引き算する瞑想に関する本と出合いました。 “心を引き算する”という言葉が印象に残り、2010年7月に休暇を取って韓国のメインセンターへ向かいました。 私はいつも自分のことを幸せだと思っていました。二度の結婚と離婚というつらい日々もありましたが、40歳の時に工学の道へ進んでからはすべてが順調でしたから。 40歳でマサチューセッツ州立大学で工学を専攻し3年で卒業、43歳で新入社員としてロボットオートメーションの現場へ入りました。ロボット研究があまりに楽しくて本当に寝食を忘れて働きました。新入社員が4年で理事まで昇進するのは会社でも異例の事でした。 ところが、そうした日々のすべてが結局は自分が目立つために、自分だけのために懸命に努力した日々に過ぎなかったことを知った瞬間の恥ずかしさといったら…。その“立派な自分”をどうか手放させてくださいと祈りながら瞑想を続けました。優越感、劣等感、老後の不安…。そんな心の数々を捨てていくとある時、ものすごく心が楽になったのです。「ああ、これが自由で幸福なんだ…」。そうして本当の自分を悟ったのでした。 本当の自分には痛みも、心配も、立派なことも駄目なこともなく…。本当の自分と一つになって生きられるということに心から感謝しました。アメリカに帰国してからも瞑想を続けました。そうして地道に瞑想をしていると体も健康になり、15年以上も飲み続けてきた胃腸薬とも縁が切れ、右半身のマヒも無くなりました。 コンピューターのバグを無くすように、人も溜め込んできた心を無くすべき 私が科学者だからでしょうか、心を捨てると体が健康になるメカニズムにとても興味があったのですが、そのメカニズムについても瞑想をしているうちにわかるようになりました。 ロボットにおける最も深刻なバグ(プログラム上の欠陥)にメモリーリーク(memory leak)というものがあります。これは、ロボットが次の作業を効率よく行うために以前の作業内容をメモリー(random access memory)から削除しなければならないのに、すべてを削除できずに以前の内容が溜まってしまうことから生じます。 その結果、ロボットの脳に情報がいっぱいになってしまい、作業がストップしてしまうのです。そうなるとロボットをリセットしなければいけないのですが、ブルックスのロボットを使用している会社には数千万円規模の損害が生じてしまいます。 このメモリーリークを直すためにブルックスをはじめ多くの企業がこれまでとてつもない額の費用をかけてきました。ところが私の率いるチームは研究の結果、このバグを完全に克服することができたのです。ですからブルックスのロボットは世界最高だと言われているのです。 そしてこの話はそのまま人間にも当てはまります。心を手放すことなくずっと溜め続けていると、そのうち脳は機能できなくなってしまうのです。人の脳には約1000億個の脳細胞があり、各細胞は幹から枝が伸びたような形をしています。 そして枝の部分は、他の細胞からシナプスを通じて情報を受け取ります。認知症の患者の脳を調べてみると、この脳細胞の枝がもつれた状態になっており、脳細胞をつなぐシナプスもみな途切れています。そのため脳にきちんとした命令が伝わらないのです。 ロボットにおける最も大きなバグがメモリーリークなら、人にとって最も大きなバグは“自分だけの心のデータを取り溜めていること”です。あたかもカメラのように私たち人間は生まれてから目、鼻、耳、口、体を通して自己中心的なデータを取り込みながら生きており、それが溜まるほどに体と心にバグ(不具合)が生じるのです。しかし、そのデータを削除すれば本来の自分に戻ることができ、神がプログラムした通り健康に自然な人生を生きることができるのです。 ロボットがその脳の神経ネットワークを通じて各部位に命令を伝えるのと同じように、人間の脳も同様の構造をしている。チェ・チュンボさん自身によるイラスト。データを削除せず溜め込み続けると結局、頭脳部分に過負荷がかかりロボットは停止してしまう。ブルックスオートメーション時代のチェ・チュンボさん。 “心を引き算する方法”は結果が正確に出る極めて科学的なメソッド “心を引き算する方法”は本当にすごいと思います。人類の歴史始まって以来、心を手放せる方法をこれほどまでに確実、明確に教えてくれたものはありませんから。私にとって一番うれしかったのは、この方法を通して本当の神と出会えたことです。 私はこの瞑想を通して、自分がこれまで心の中で神のイメージを思い描き、そのイメージを神だと思っていたことに気付きました。しかし神とは、自分の固定観念や慣習のすべてを手放した時に初めて出会うことのできる方だったのです。聖書にも「神を見た者は死ぬ」という言葉がありますが、これはすなわち「“自分”という存在をすべて手放した瞬間、その時初めて神の子に生まれ変われる」という意味で、そのことを悟った時はどれほど嬉しかったかわかりません。 私は今、とても幸せです。かつてのどんな喜びや楽しさも今の幸せとは比較になりません。現在は奉仕の人生を送る自信も生まれました。無理に自分の身を低くしようとしなくても、私たちはもともと一つなのですから、そのことを悟れば自然にすべての人を尊重しながら生きられるものなのですね。 会社を辞めてオフィスから出る時、本当に胸が高鳴りました。 私は一人の女性として、科学者としての人生を超えて、ようやく新しい世界へと漕ぎ出せるのだと。 何のためにどう生きるべきかがはっきりと見える爽快感とでもいうのでしょうか。 科学者たちはもちろん、よりたくさんの人々が、心を引き算する方法に取り組めるようサポートしながら生きていきたいです。 人々が平和になり明るくなる姿を見ながら、愛を分かち合いながら生きていこうと思っています。 体験談ホーム

引き算してこそ元気になる2020-10-07T17:18:59+09:00

東京センターの奥富浩司です。

2020-08-28T18:06:45+09:00

こんにちは。メディテイションwithナチュラルヨガ東京センターで瞑想ガイドをしている奥富浩司(おくとみ こうじ)です。1977年、東京・墨田区生まれ。瞑想歴13年。明確な理論と経験に裏打ちされたノウハウであなたの夢をサポートします。 瞑想は、自分自身の中に幸せを発見する方法です。 私たちは日々、今の自分に足りないものを求めてさまざまなことをしています。 でも、本当に自分が欲しているものは、じつは最初から自分自身に備わっています。それに気づいていないだけなのです。 本当に自分が欲しているものに気付くために大切なことそれは、自分に備わっているものをおおい隠している心を取り除くこと…それだけです。 私はこれまで13年以上にわたり様々な瞑想を実践・研究してきました。現在は東京・町屋のセンターで瞑想ガイドとして活動しており、日々様々な方にセンター独自の「考えを手放す瞑想」をご案内しています。 センターにいらっしゃる方々は学生の方から主婦、会社員、定年を迎えた方までさまざまですが、みなさん共通して口にすることがあります。 「自分の内面をふりかえって初めて気づくことがありました!」 「気持ちや行動も自然に前向きになりました!」 たとえば40代の女性からは次のようなご感想をいただきました。 「私は子育てを通してママ友と自分を比較したり子供を強くってしまったりして自己嫌悪で身も心もヘトヘトになっていました。 でも瞑想をしていくうちに自分の中に良き母のイメージが凝り固まっていて、それが自分や家族を縛り付けていたことに気付けました! そして自分勝手な思い込みを手放していくと、そのまんまの我が子、そのまんまの自分を認められるようになりました。ありがとうございます!」 同じく30代の女性からも 「美容師の仕事ってカットの技術以上にお客さんとのコミュニケーション能力がとても大切なんです。でも私にはそれが本当になくて…。自信なんて持ちようがなかったですね。 でもこの瞑想で自分の姿をふり返ってみると、私の中に人を嫌う原因というのがあって、その原因を手放したら少しずつ気持ちも楽になっていきました。 自信っていうのは何かの成功体験から生まれるというよりも、ただ今の自分を肯定できれば自然と湧き出てくるものなんですね。今は背伸びせず自然に人と接することができて本当に楽です。」 と、おっしゃっていただけました。 以上のように、 「自分の外側に依存しない幸せを自分の内側に見つける方法」 それが瞑想です。 もし自分の外に幸せがあるのなら、外側の環境に恵まれない限り、人は一生幸せにはなれないことになってしまいます。 でも自分の中に幸せがあるのなら、どんな人でも幸せになれるチャンスがあることになりますね。 そして自分の中に見つけた幸せは歳月によって無くなることもなければ誰かに取られてしまうこともありません。 センターでご案内している「考えを手放す瞑想」はそうした無限の可能性をもたらしてくれる従来の瞑想法とは異なる非常に画期的な瞑想法です。 ぜひ一度体験してみてください。 本当の宝は自分自身の中に眠っています…。 一般社団法人メディテイション メディテイションwithナチュラルヨガ東京センター 奥富浩司 ホーム

東京センターの奥富浩司です。2020-08-28T18:06:45+09:00

良い音楽のために瞑想、そして心の引き算

2020-08-28T18:06:39+09:00

シン・ジヘさんは将来を嘱望される実力派のオーボエ奏者だ。 ドイツ留学後、韓国に帰国し様々なオーケストラや室内楽の演奏に参加するかたわら韓国芸術総合学校音楽院および慶北大学にて講師を務めている。 かつての指導教官であるイ・ユンギョン氏(現 慶熙大学教授)はシン・ジヘさんに対し「優れた音楽性を持っている。何より優れているのは常に平常心を維持し揺れ動くことがない点だ」と語る。ジヘさん自身、「演奏において終始安定した力を発揮できているのは心を空っぽにする時間があったからです」という。 絶え間ない競争、幸せだったことのなかった音楽人生 オーケストラの演奏において、オーボエは最初の音の基準点を作る役割を果たします。演奏に先立ってオーボエが「ラ」音を響かせ、他の楽器がそれに音を合わせるのです。 この最初の「ラ」音を聞くだけでそのオーボエ奏者の実力がわかります。オーボエの音がズレているとオーケストラ全体のバランスが狂うため、オーボエ奏者には大変なプレッシャーがかかります。 音楽大学への入試から始まり、学内での試験、そしてオーディション…。音楽家の人生といえば優雅なイメージがあるかもしれませんが、実際は絶えることのない競争の連続です。 私は幼少の頃から音楽と共に育ちました。母の専攻がピアノだったため、家の中ではピアノの音が常にあり、家の外ではオーケストラの演奏会や楽器別の独奏会など、母はたくさんのクラシックの演奏会に私を連れていきました。 このような環境の中で母は、娘も当然何らかの演奏をするべきだと考えたわけです。最初はピアノ、次にチェロを学び、中学の時にオーボエを始めました。甘美な音色というか、人の心を揺さぶるというか、そんな点が魅力でしたね。練習は大変でも舞台の上で演奏した時の達成感、拍手と共に注目されるのは素晴らしい気持ちでした。 しかしながら、本当に幸せだったことはあまりありませんでした。負けず嫌いで神経質な性格のせいでたくさんのストレスがありました。ですから胃もたれとは縁が切れた時がありませんでした。 オーボエは息を吹き込む吹奏楽器ですから呼吸がすべて楽器に伝わります。自分の内面のコンディションが悪ければ、他の楽器に比べ、それがすぐに反映されてしまうのです。ですから学生時代の指導教官からも「オーボエの演奏には揺らぐことのない平常心が大切だ」と言われていました。でもそれは容易なことではありませんでした。 平常心を保つために、ドイツ留学中も“心を引き算する瞑想”を継続 そんな私が変わるきっかけとなったのが大学2年の時に始めた「心を引き算する瞑想」でした。最初は一週間だけやってみるつもりだったのですが、心が空っぽになると本当に気持ちが楽になって素晴らしかったです。 心が空っぽになると多くのことが変わりました。不要なストレスや心配事も消え去って、それと共に演奏の実力も上がっていったのです。 そうして2007年にドイツ・マンハイム国立音楽大学に留学した時のことです。私はドイツ留学ですっかり怖気づいてしまったのです。 韓国では自信があったのに、自分が本当にちっぽけな存在に感じられ、不慣れな環境で言葉も通じず、いろいろと大変なことがあったのですが、そんな時に最も心のよりどころとなったのがフランス・パリにある瞑想センターでした。 今はドイツ・ベルリンにもセンターがありますが、私がマンハイム音楽大学にいた時は最も近いセンターがパリのセンターでした。エッフェル塔の近くにあるセンターなのですが、電車で片道3時間の距離でした。そこには韓国語を教えている大学教授や韓国からの駐在員、留学生などといった人々が多く、みな心を引き算するために集まった人々なので、雰囲気もとてもよかったです。 いつ訪れても美味しいものをごちそうしてくれたり、瞑想のサポートをしてくれたりと助けてもらいました。留学生活で大変なことも、心にたまった思いも、自分自身の枠もおかげで手放すことができ、不慣れな環境を乗り越える勇気も生まれ、前向きな気持ちで留学生活を送ることができました。 そうした中で、ある日、私は瞑想をしながら本当に心に大きなものを握りしめていることに気付きました。それは他でもないオーボエでした。私はオーボエのない自分を想像することさえできませんでした。 いつも自信をもって人と接することができるのもオーボエがあったからで、人々が私を認め、私に好意を寄せるのも私にオーボエがあるためでした。オーボエに対する凄まじいばかりの執着が私を縛り付けていたのです。 オーボエが私のすべてだから、人々から賞賛を受けるためにさらに上達せねばならず、失敗を恐れ、不安になり、失敗すれば悩み苦しみ…。好きだから、ではなく、不安だからオーボエを続けていたのです。オーボエから離れたら人々から無視されるのではないかという不安感から私は演奏をしていたのです。 音楽、名誉、愛…すべてを手放した時、心から音楽を楽しめた 心からオーボエを手放さなければと思いました。必死の思いで何日も何日も手放しました。そうして心から手放すことのできた時の解放感…。 まさしく自由そのものでした。音楽、名誉、愛…それらをすべて捨てて空っぽになった時、本当の自由が得られることを悟りました。捨てれば無くなってしまうように思えるけれど、この世の中はもっと大きなものを与えてくれたのです。 そうして一度、大きく自分を乗り越えた時から本当の意味で音楽を楽しめるようになりました。舞台の上で演奏をすることが180度変わりました。楽器を演奏するその瞬間自体がとても尊いものとなり、毎瞬間全力を尽くせるようになったのです。 いつもの楽譜なのに、今まで見えなかった部分まで見えるようになり、この音楽をどう表現すべきだろうかというアイデアまであふれ出るようになりました。 それまでシン・ジヘという小さな心の世界で演奏していたとすると、今はそこから抜け出したもっと広い視野から全体を見渡せるようになりました。以前は「私のすばらしい演奏を聴いてみない?」という感覚だったのが、今は人々の評価が気にならなくなったため集中力も上がり、水が流れるように演奏もスムーズになりました。 そんな私の姿を見た友人たちからも「リラックスしてるね」「顔つきから変わったね」とよく言われます。瞑想することで最も効果が出るのが集中力です。 頭の中で絶えず顔をのぞかせる雑念が消え去れば、自分の望むとおりに最大限の能力を発揮できるようになります。まさしく空っぽになってこそ、どんなものも入れることのできる容器になれる。心からそう実感しています。 音楽家や演奏家たちにとって心をコントロールすることは特に重要だと思います。 周囲を見ても、舞台に上がる緊張感から精神安定剤を手放せない人々は少なくありません。 音楽家や演奏家たちは音楽を通して自己を表現するわけですが、良い音楽のためにも必ず一度は自分自身を手放す時間、心を空っぽにする時間を持ってほしいと思います。 素晴らしい音楽は人々に安らぎと幸福を与えてくれます。私も無心の音楽でこの世と一つになりたいと思っています。 私の演奏を聴いて「幸せになった」と言って下さる方が増えてくれる日を夢見ながら…。 体験談ホーム

良い音楽のために瞑想、そして心の引き算2020-08-28T18:06:39+09:00